こんにちは。インターン生のSakuraです。NICTで働き始めて半年がたち、少しずつ研究者の皆さんとも話す機会が増えてきました。東京都小金井市にあるNICT本部。大きな敷地の中には研究棟と呼ばれる建物がいくつか並んでいます。今日は時空標準研究室で原子時計の研究をされている原さんにお話を聞いてきました。
原 基揚
東北大学大学院博士課程修了後、株式会社富士通研究所に入社。
東北大学大学院工学研究科准教授を経て2016年NICTに入所。 現職、電磁波研究所電磁波標準研究センター 時空標準研究室 主任研究員 博士(工学)。 半導体微細加工技術を応用したデバイス開発に従事。 |
【原さん】 皆さんが常に持ち歩いているスマートフォンですが、そのスマートフォンには、人工衛星に先進的に取り込まれて来た通信技術の全てが詰まっています。ただし、一つだけ取り込めていない技術があります。それは原子時計です。原子時計は原子が持ってる固有の振動を読み出してあげて、その振動を時計の振り子(クロック信号)として活用するものです。
原子の振動を使うと、クロック信号が非常に安定して、狂わない時計が実現できます。
クロック信号はコンピュータを効率よく動作させるために不可欠ですし、また、時間を図るための物差しになったり、さらには距離をはかる物差しにもなったりします。
この原子時計がなぜ、スマートフォンに搭載されていないのでしょう。それは、一言で言えば、大変に複雑な機械だからです。原子時計は高周波発振、レーザー発振、原子共鳴といった分野の異なる様々な共鳴現象を相互に干渉させる必要があり、これだけでも開発は大変なのですが、さらに、スマートフォンに搭載できるようにするには、これを小さく、安く実現する工学的な工夫も必要となります。
この長く困難な道のりですが、多くの偉大な研究者・エンジニアの努力とひらめきのおかげで、あと一歩でゴールに届きそうなところまで来ています。この一歩を、如何に踏み締め、さらに前進させていくか、私がNICTにて多くの研究者と協力して取り組んでいる研究分野がそこにあります。
【Sakura】 2021年3月に発行されたNICTホワイトペーパーの制作では、大変尽力されたと伺っておりますが、その過程で苦労されたことやエピソードなどありましたら教えてください。
【原さん】 B5Gや6Gの未来ビジョンを描くとき、分かりやすくCGを駆使して動画で表現するのがかっこいいですよね。欧州は動画や音楽を組み合わせるのが本当に上手です。しかし、NICTでホワイトペーパーを纏める場合はそうはいきません。
ホワイトペーパーを纏めるとき、当然、欧州の6Gのイメージ映像は知っていましたので、リアルなイラストで頑張っても、やっぱり限界があるなと感じていました。なので、シナリオとユースケースの記述において、日常の生活の風景に違和感として未来ビジョンが忍ばせるように、文章そのものを工夫するようにしてみました。
輝かしい未来をあえて明示せず、読んでくれた人に引っかかりが残ればいいなと思いました。うまく機能したかはわかりませんが、少し特色は出せたのかな、と思っています。
【Sakura】 NICT研究者が描いた「未来のBeyond5G/6G社会」は私たちの生活を取り巻く多くのものがネットワークで繋がり、システム化され、とても便利で安全な社会だと感じたのですが2035年ころ、シナリオに描かれたような世界は実現されると思われますか。またそのために必要な技術(研究)とはどのようなものがあるとお考えですか。
【原さん】 すでに米国のプラットフォーム系の企業が中心となって、ネットワークが日常生活の全てを包み囲み、包摂的に機能するビジョンが提唱されています。そして、彼らはクラウドシステムだけでなく、機器類の独自開発をも加速させています。
間違いなく、ネットワークベースの便利で安全な社会が実現されていくでしょう。その中で、やはりネットワークのアンカーとなる無線基地局のようなインフラ設備の革新が必要でしょう。それらは有っても気にならないくらい小型で、できればスマートフォン・腕時計・指輪・ピアスといった常に身につけていても気にならないレベルまで、小型化され、一般的な電子機器として皆さんが自由に活用できるようになるのがいいと思っています。もちろん、その場合は、無くしても、壊れても、すぐに交換できるように安価であることも重要です。
荒唐無稽な話に聞こえますが、原子時計がスマートフォンに入る未来では、GPS衛星(の機能)を皆さんが携行できるようになるわけですから、将来的にはおかしな話ではないですよね。
【Sakura】 NICT Beyond5G研究推進ユニットの寳迫ユニット長と、石津イニシアティブ長(私の上司です!)は書の中で、「Beyond5Gの実現のためには、あらゆる分野のステークホルダーと共に議論し、新しい発想を見出しながら技術、研究を進めていくことが必要だ」と述べていますが、例えば、シナリオ3「時空を超えて」の世界にはどんなステークホルダーの方々との協創が大切なのでしょうか。
【原さん】 高精度なクロックは時間と空間とを測る物差しとなる話を最初にしました。全ての無線装置に原子時計ベースの高精度なクロックが搭載可能となると、時間と空間とに高精細なグリッド線・座標軸が描かれ、皆がこれを共有できることになります。(このグリッド線は、人間には見えませんが無線機器には見えています。)
そうなると、車の自動運転などは極めてシンプルなシステムで安全性を確保できるようになるでしょう。また、車の走る平面的な座標だけではなく3次元にグリッドを拡張すると、ドローンやスカイカー、航空機といったシステムにも高度に安全性を保障できるようになり、自動化を推進できます。これらは、物流にも革新をもたらすでしょうし、ロボットを多数活用する工場や港湾でも同様の革新が期待され、安全性を担保しつつ協調動作させることが可能となるでしょう。
ユニバーサルな時刻・座標系をベースにした物流や生産現場の自動化はAI学習とも親和性が高く、深層学習により、さらに高度で障害に極めて強い全体システムの最適設計が可能となっていくでしょう。
我々が提唱する「時空を超えて」が示すシナリオは、ここまで述べてきた話でもおわかりのように、爆発的な可能性を秘めています。一方で、応用分野が極めて多岐にわたり、技術・研究リソースを一か所に抱え込んでいては進みません。さらに言えば、サービスの提供手段や商業化の道筋もあらかじめ組み込んでおく必要があり、協力先は単純な理工系の研究分野を越えて広範になります。まさに、「あらゆる分野のステークホルダーと共に議論し、新しい発想を見出しながら技術、研究を進めていくこと」が必要不可欠です。
【Sakura】 最後に研究者を目指す学生、子供たちに向けて、そして私にもエールをいただけると嬉しいのですが、、、
【原さん】 う~ん。難しいですね。私は大学の博士課程から、企業の研究所、大学、国の研究所とフィールドを変えながら研究開発に従事してきました。それぞれの組織に合わせて求められていることにやりがいを見つけて取り組んで来て、今があると考えています。ただ一貫して努めていることは、「仕事をしたら文章にまとめる」ということです。これは、博士課程のときの教授の教えなのですが、何か一つでもアクションを起こし、結果を得たら、学会発表でも特許でも論文でも、結果に見合った形で文章にまとめるようにしています。文章にまとめることで、図やグラフ、論理が整っていきますからね。皆さんが授業で新しいことを習うとノートにまとめるのと同じですね。Sakuraさん。今日はお疲れ様でした、NICTにはもっと優秀で話の面白い研究員がまだまだたくさんいますので、是非是非、たくさんの研究員にインタビューしてみてください。NICTのオープンハウスなんかも活用するときっと楽しいですよ。